第32回全優石想いを込めたお墓づくりコンテスト」応募者のエピソード

 

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大賞
自転車専用記録装置に残された1133qを墓石に刻む、自転車事故で早逝した息子のお墓
名前:矢嶋 康(ヤジマ ヤスシ)   年齢:54歳
住所:長野県千曲市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード
16歳で突然亡くなった息子への想いを込めたお墓を作り、コンテストのために夫婦でエピソードを作成しました。亡くなった当時を思い出すには辛く苦しい作業ではありましたが、息子のためにまた一つ成し遂げたような達成感があります。どうぞよろしくお願いいたします。

走り疲れたらいつでも帰っておいで!
亡き息子の人生最高の瞬間をお墓に

  

2020年、コロナ禍で迎えた夏休みに高校2年生だった長男は自転車事故で急逝しました。納骨するお墓がなく、家族の集うリビングに置いてありましたが、七回忌を前にお墓を建てました。
サイクリングが好きだった息子がロードバイクを手に入れたのは、亡くなる3か月ほど前でした。その間の走行距離は『1133q』と自転車専用記録装置に残されていました。亡くなる数日前に行ったサイクリング…まるで空を駆けているような1枚の写真を、一緒に行った友達が葬儀の時見せてくれました。年頃の息子はなかなか写真を撮らせてくれませんでしたが、友達に撮ってもらったその写真には、素敵な青年になった息子が写っていました。
家族で話し合いをし、その写真をモチーフにお墓を建てることにしました。亡くなって1年ほどは墓地を求めたり、石材店を回ったりしましたが、なぜか気持ちが乗らないまま5年が経ってしまいました。
「生きていれば大学を卒業していたかもしれない、独り立ちして新生活を始めていたかもしれない。そんな22歳の春に新居を建ててあげよう。」

2025年夏、5回目の命日が過ぎたころ、お墓づくりを再開しました。無理な注文を聞いてくれる石材店さんと巡り遭い、何度も試行錯誤打ち合わせを重ね、ようやく形になったのは新緑眩しい2026年春でした。
亡くなった息子と不思議なご縁のあるお寺の墓地は、山の斜面を開いた景色の良い傾斜地。元々設置されていたコンクリート基礎は壊すことなくそのまま使用し、お墓を建てることにしました。何度も試作を重ねた影彫りの竿石、台座には書道が得意な弟直筆の『1133qの轍』と彫り込んでもらい、敷石にはどこまでも走っていけるよう、道をデザインしました。
亡くなった息子と思い出を増やすことはできません。その中で長男のことを想い、家族で作り上げたお墓に満足しています。
律希!今も青空を駆けているね。走り疲れたらいつでも帰っておいで!お父さんとお母さんはいつまでも待っています。

特別賞
古風だと思っていた父の斬新でハイカラな感性を知った墓づくり
名前:森 正美                     年齢:74歳
住所:三重県伊賀市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード
父は戦争を経験した世代で、職人気質の、曲がったことが嫌いな古風な人でした。お墓についても寺院墓地ということもあり、当然のように周囲に合わせた和形のお墓を建てるものだと思っていました。
ところが、死期を迎えた父から返ってきた言葉は、私の耳を疑うものでした。
「斬新なデザインのお墓を考えてくれ」意外な一言に驚きながらも、近所の石材店さんへ相談しました。すると、「寺院墓地には和形のお墓しか建っていませんが、洋型でありながら周囲とも調和するお墓を考えましよう」と提案してくださいました。
そのデザインは、香川県産の庵治石の自然な割肌を正面に生かし、書家の先生に揮毫していただいた「森家」の文字を縦に刻むというものでした。
完成したお墓を初めて目にした時、その想像以上の迫力と存在感に圧倒されました。それでいて周囲の景観とも美しく調和した、洗練された佇まいのお墓でした。父もその姿を見て、目を潤ませていたことを今でも覚えています。
寡黙で、古風な人だと思っていた父。しかし、お墓づくりを通して、父の中には実は斬新でハイカラな感性が息づいていたのだと気づかされました。
今ではこのお墓が、そんな父らしさを語り続けてくれているように感じています。

特別賞
ダンプ、タイヤショベルやヘリコプターまでも配した亡父のお墓
名前:橋 修司                   年齢:64歳
住所:北海道深川市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード
父の生き様・仕事・家族愛をカタチでちりばめたお墓。父は昨年2025年(令和7年)、92歳でもって、自分らしく人生を全うし旅立ちました。父はとても頑固な性格で、「これだ!」と思うと何が何でも一直線に突き進んで生き抜く人生です。
子供の頃から車が好きで、町を行き交う車(特にダンプカー)をよく眺めていたそうです。なので働くようになればダンプ車を使った仕事に就きたいと願っていました。その想いは強く、若いころはお金がない為に新車が買えず、廃車寸前のボロボロの中古ダンプを手に入れ、修理しながらたった1台のダンプを相棒として、個人運搬業を始めました。
兎に角、人が休んでいる時も、働いて働いて働きぬいて、家族の生活を支えてきた証を、お墓には是非添えたかった。
その後、私が成人してからも父と親子二人三脚で、今日営んでいる解体業まで拡大するに至っています。ダンプの他に、事業に携わってきたタイヤショベルやヘリコプターまでも、父の想い出です。あの世でも、父には想い出の品々でどっぷり浸ってもらいたいです(笑)
お墓の正面には、父が日ごろから家族に語っていた橋家の家訓「夜は明日を楽しみに眠り、朝は今日を楽しみに起きよう」、そして一度きりの人生を「楽(しむ)」を刻み残しいました。

入賞
50年後にも、孫に褒めてもらいたいお墓

名前:古山 隆行
住所:岐阜県可児市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

私には息子が二人ありそれぞれ結婚し独立していますが、二人とも配偶者が一人娘で、しかも『夫の氏(うじ)』で婚姻していますので、嫁さんの実家はいずれ氏が絶えてしまうことになります。
一昨年の年末、二男の嫁さんが「家を継ぐために将来こちらに来るとしたら、実家のお墓は『墓じまい』して永代供養をお願いすることになるが、亡くなった祖父には特別な思いがあり、お骨は分骨して持って来たい」と言うのです。
私の家のお墓は集落の共同墓地にあって、竿石には「古山家之墓」と刻み、親柱に家紋が彫ってあります。気持ちは分かりましたが、このお墓に嫁さんの祖先を入れるのはちょっと変だよなぁ、と考えていました。

そして年の開けた元日の朝、「お寺さんの霊園に新しい墓を建て、今の集落の墓地から移転する」という思いに至ったのです。その理由は2つあります。
氏の違う配偶者の祖先を、気兼ねなく入(い)れることができる墓とは、もちろん「○○家の墓」ではなく、「先祖代々の墓」でも良いのですが、これを一歩進めて、謂わば「縁」のある者を集めて祀ったモニュメントの様なお墓が良いのではないか。
2つ目に、私の年齢ではもう10年もすると共同墓地の草刈りも難しくなって、集落に迷惑をかけることになります。お寺さんの霊園であれば、共同作業はありませんし、例えお盆とお彼岸にしか墓参りに行かなくても問題は少ないと思うのです。
まさに「元旦の計」となったこの考えは一年かけて形となり、今年の正月、家族に披露することができました。これで二男夫婦が将来こちらへ移り住んでくれたら、嫁さんの実家の祖先も、このお墓に『改葬・精入れ』して墓誌に刻むことができます。

このお墓は、孫のための墓だと考えています。ここに来ればパパとママ、そしてパパとママ両方のご先祖様がいるのです。将来、孫が遠方に住んだとしても、ここはパパのふるさとであり子供のころから馴染みのあるお寺ですから、お墓参りに来ることは心やすいだろうと思います。
最近ではお墓を持たない様々な供養の方法がありますが、こうして孫が墓参りをするとき、ご先祖様に想いをし、何かしら『自覚』といったものを持ってくれるのではないかと思うのです。お墓がある意味とはそういうことかもしれません。

デザインは、洋風をベースに、白黒のコントラストが効いていて、シンプルでスマートな感じをテーマに練り上げてきました。プレートには「ありがとう」と刻みました。たくさん候補があったのですが、孫がお墓参りに来た時をイメージしたら「ありがとう」が一番しっくりきたのです。
50年後にも、孫が「このお墓かっこいいよね」と言ってくれないかなぁ、と密かに期待しています。家内もこのお墓は大変気に入っていますが、私の感性やデザインよりも、「ここまで付き合ってくれた石屋さんの若社長がエライ!」と言っております。

入賞
ガーデニングが好きだった妻のために、ハーブや多肉植物を植栽
名前:津久井 孝二                 年齢:53歳
住所:群馬県甘楽郡
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

妻は4年の闘病生活を頑張っていましたが、歳若くして大好きだった家族を残して逝ってしまいました。
お墓を考えた時に、個性を出して妻らしいお墓を建てようと家族で話し合い、自分達で、デザイン・設計・施工を行い作りました。
愛のかたちを墓石に表現したく、二人の支えあうデザインにし、中央には暖色のハートガラスを埋めこみ、光が差し込むとより一層輝くようにしました。
ガーデニングがとても好きだった妻に、毎日が寂しくないように、いつでも楽しめるよう、自宅の庭の様な植栽スペースを作り、好きだったハーブや多肉植物を植えています。
香炉には自宅にある石窯をイメージして、お線香をあげた時に、出てくる煙が、好きだった石窯オーブン料理をしている所を思わせる様にして、おいしい料理の味を想像してもらえるようにしました。
人生中半でしたが、家族とたくさんの思い出を作ってくれて、楽しく過ごせて来た事の感謝を墓石に刻みました。
妻らしく真っ白なお墓にしたかったので、周囲の石や墓石には、大理石を使い、手入れは大変ですが、毎年命日には家族みんなで磨き上げて、感謝を伝えたいと思います。
自宅の庭の延長の様なお墓で、自分が来るのをいつでも待っていてくれることを信じています。

入賞
お墓全体を「対話の石苑」と名付け
名前:下山 宏昭                   年齢:85歳
住所:岡山県岡山市北区
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

この世に神も仏もいないと思っている訳ではありません。単に私の生と死は、神や仏とはかかわりなく、運命によって決まると考えているだけです。
従って、葬式も墓も無宗教。墓域は約10坪。岡山でしか採石できない萬成石を敷き詰め、真中の主体部、東南側のモニュメントも萬成石で製作しています。
主体部の墓石には氏名と誕生年、死亡年を刻み、生きた証とします。 ニュメントには「歴史は現在の序章である」と刻み、墓全体を「対話の石苑」と名付けました。

「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」と、イギリスの歴史家エドワード・ハレット・カーは語ります。
個人の生きた証が重なり合って作られる事実が歴史ならば、歴史は現在の序章であると私は思います。
問題意識をもって事実を見つめ、ジャーナリストとしての自覚をもって生きてきた生涯。同じ時間を共有した家族。教師として生きた妻と子ども、孫たち。それぞれの道を選び、それぞれに生きても、心の対話は続いてきたと自負しています。
モニュメントの石塔の頭上には、陶芸界の巨匠・白石齊氏の九十歳を記念して製作した球体の作品『天空への階段』が据えられ、その作品の中心部の空間を通して差し込む春分の日の出が主体部に照射し、歴史を呼び覚まします。
この石苑を訪れた人々が、それぞれの生涯の尊厳を認め合い、心を解き放して過去、未来と行き来する場になればと思っています。

入賞
別々になった家族が、再び一つになれる場所づくり
名前:宮沢 富久            年齢:74歳
住所:群馬県安中市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

両親のお墓はすでに別にあり、自分たちのお墓をどうするかを考えたことが始まりでした。兄は亡くなっていて、「このまま家ごと分かれてしまっていいのだろうか」という想いが生まれました。
妹からの一言、「みんなで一緒に入れるお墓にしたら?」、その言葉をきっかけに「○○家の墓」ではなく、家の枠を超えて、家族が一緒にいられる場所をつくりたいと考えるようになりました。

近年、お墓を持たないという選択も増えています。それでも、何十年先のことはわかりません。そんな中息子が「自分が守っていく」と言ってくれたことで、未来へつながる希望を感じることができました。
出会ったのは、カーサメモリア。その佇まいに一目で惹かれ、この形なら、自分たちの想いが叶うと感じました。そして、このお墓の中心には、両親の想いが刻まれています。

書道をしていた母の文字。そして、その文字に寄り添うように押された、父の落款。この二つを、この石に残したい。
その願いを石材店に相談したとき、「できますよ」と言ってもらえたことで、長年の想いが形になりました。こうして完成したのは、別々になった家族が、再び一つになれる場所です。 このお墓、誰か一人のものではありません。みんなが帰ってくる場所です。

入賞
ゴルフ愛好家の亡夫のお墓はゴルフがテーマ
名前:成田 祥子                   年齢:70歳
住所:栃木県栃木市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

夫婦で事業を起こし会社代表を務めてきた主人の墓を建立をするため、参考になる石碑をさがしに霊苑を巡ったり、カタログなどで何度も打合せしたりして、決めたテーマが「ゴルフと関わる全ての人の和」でございました。
故人はゴルフの定例会に参加するほどのゴルフ愛好家のため石種の色合いをグリーン系で形をゴルフに関連するデザインときめました。

石塔はグリーン系の発色のM10 を使用し角のない面取りを行い、表面は20mm ほどの勾配をつけラウンド形状に仕上げゴルフコースのグリーンを表現しました。外柵も同じ石種でコース全体の色合いを表現し塔婆立てにキャディーバック、花立をゴルフボール形に仕上げました。

字彫り原稿は知人の書道家に書いて頂き、「輪と寿」を彫り入れました。「寿」の一文字は当家の当主に受け継がれる一文字を採用し、さらに手書きの輪を描き温かみのある人の輪を表現出来ました 当家に関わる全ての人の輪に感謝し故人のご冥福をお祈り、当家の繁栄を息子夫婦に託したいと願っております。

入賞
大工の亡父の墓らしく木組みを思わせるデザイ
名前:保坂 岳彦                    年齢:49歳
住所:山梨県北杜市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

大工として一生を過ごし、行年七十四。県建設業組合の役員として業界に尽くし、町では「この人がいなければ回らない」と言われるほど、長年にわたり地域行事を支えてきた父でした。晩年は病を抱え、医師からは三千歩までと告げられていたのに、祭りの日にはつい張り切ってしまいます。「もう六千歩も歩いちゃった」と自慢げに歩数計を見せ、周囲を心配させたのも、今では懐かしい笑い話です。
母は、無理をしてしまう父を少しあきれたように、けれど誰よりも近くで見守ってきました。「しょうがないなぁ、この人」と笑いながらも、その背中を頼りにし支え続けた年月でした。
私を含め三人の娘息子と五人の孫に恵まれ、無類の子煩悩。孫と一緒に自作の積み木で遊んでくれたものです。亡くなった後には私のところに六人目の孫も生まれました。今もどこかでみんなの成長を見守ってくれていると思います。
白と黒の御影石を組み合わせた墓石デザインは、家族の皆で考えました。「お父さんなら、ちょっと変わったのにしろって言うと思う」って誰かが言い出し、大工らしく木組みを思わせるデザインを考えました。
家のすぐ近くの共同墓地。いつでも歩いてお参りに行けます。一緒に活動していた祭り実行委員の人や地域の人も気軽に立ち寄ってくれます。家族や地域をひとつにつないでくれる、大切な場所です。

入賞
大きな翼を広げて【赤城山に向かって旅立つ】イメ−ジの墓石
名前:竹田                 
住所:東京都あきる野市
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

赤城山を望むロケーションに魅了され10年前に墓地を購入しました。主人は東京芸術大学に勤め、生前にお墓のデザインを考えていました。ところが石材店との打ち合わせを行っている途中で、難病を患い長年の闘病生活となり無念にも亡くなってしまいました。
亡夫への感謝と愛情から生前の願いを叶えてあげたく、赤城山に向かって翔く様に見送ってあげることにしました。故人のイメ−ジデザインを元に石材店と協力し【赤城山に向かって旅立つ】イメ−ジの墓石デザインを建立させて頂きました。世界で一つだけのオンリーワンの素敵なお墓となりました。

入賞
一級建築士がデザインした先祖や故人の名前や戒名を刻むための墓誌が目立つお墓
名前:大島 隆史                   年齢:38歳
住所:愛媛県伊予郡
想いを込めたお墓建立の際のエピソード

一級建築士として働く私は、生前、父に自分の設計した建築作品を見せる機会がありませんでした。
その父が危惧していたのが、山中にあり管理が難しくなっていた先祖代々の墓のことです。父が亡くなり、私は曾祖父の代までの一族の遺骨を自宅近くの新たな地へ改葬し、自らの手でお墓を設計することを決意しました。
地方の山中にある一族の墓。私はその古い価値観を否定するのではなく、むしろ肯定的に捉えたいと考えました。お墓とは個人の弔いであると同時に、「一族の弔いの場」です。そこで最も重要なのは、先人たちの記録である「霊標」なのではと思いましたが、従来のお墓を観察すると、霊標がただ横に置かれているだけの配置に違和感を抱きました。
そこで私は、拝み石や霊標を含むすべての石材を一つの「構造物(総体)」として再定義しました。先人たちの名が刻まれた霊標を最も視認性の良い通路側に堂々と配置し、家紋は拝み石の小口面に配置して同時に見えるように構成。さらに、先人たちの記録(過去)と私たち(現在)を繋ぐ「橋」として、横長の拝み石を中空に浮かせる構造としました。その舞台の片方を支えるのは、美しくきらめくブルーパールの石からくり抜いた「円形の石」です。くり抜かれた石碑は、当然「丸い穴(窓)」が残ります。山中からお墓を移したことで、一族の中心としての気が抜けたように映るかもしれない。しかし「抜けた穴(窓)は、これからの私たちを支え続ける光の通る場所になり、抜かれた魂もこれからも私たちを支え続ける柱になる」というメッセージを、この造形に込めました。鏡面に磨かれた黒い石の舞台を覗き込むと、参拝者姿と拝み石にさ
りげなく刻まれた名字が美しく写り込みます。
納骨の日、親族一同でお墓を囲みました。これが、私が父に見せることができた最初で最後の、そして最も原初的な建築作品です。このお墓はこれからも私たちの過去と未来を繋ぎ、私たちを支え続けてくれます。
PS 本作の設計にあたり、建築士である私の細かなこだわりや、これまでにない一変変わった構造の要望に対して、嫌な顔一つせず、プロの技術で120%形にしてくださった石材店の皆様に、この場をお借りして心より感謝申し上げます。


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