2015年7月

二人の孫が書いた「ありがとう」と「ありがとう」

「第21回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」の結果発表

「想い入れのお墓写真コンテスト」大賞他決定

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小学校の孫娘、孫息子2人が習いたての習字で書いた「ありがとう」の文字を、せっかくだからと二人分の「ありがとう」「ありがとう」を墓碑銘とした山梨県北杜市の内藤 光代子さんのお墓が「第21回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」の「お墓ニューデザイン大賞」に決定した。

 「第21回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」は、北海道から沖縄まで、全国の優良石材店約300社によって構成する墓石業者の全国組織「全優石」(正式名称:一般社団法人 全国優良石材店の会、会長:吉田剛、事務局:東京都品川区上大崎3-8-5)が実施したもので、今年で21回目。新しいデザインのお墓、個性的なお墓、オリジナルなお墓など想いを込めたお墓の写真を全国規模で公募した。応募資格はお墓の所有者かその家族、または家族の了解を得た石材店という限定付き。今年5月の締切までに44人から応募が寄せられた。審査の上、ニューデザイン大賞1名、ニューデザイン特別賞2名、ニューデザイン賞19名が決定した。審査はお墓のデザインだけでなく、お墓づくりへの想い、エピソードも重要な審査の対象となっている。

 「ありがとう」を刻むお墓は最近増えている。しかし、二つの「ありがとう」は意表を突く。感謝の気持ちを、素直に「ありがとう」といつも口に出していた亡夫。だから「ありがとう」を彫ることは決めていた。書は石材店の勧めで、孫にお願いした。晩年は姉弟で夫の足を一本ずつもんであげたりするなど、懸命に看病の手伝いをしてくれていた5年生と3年生の孫。習いたての習字の力を発揮、堂々としてあたたかい字を書いてくれた。せっかくなので両方の「ありがとう」を彫刻することにした。上の『ありがとう』はおじいちゃんが私たちにかけてくれる言葉、下の『ありがとう』は私たちからおじいちゃんへ、だという。しかし、またお墓詣りに来てくれた人への感謝の気持ちを表しているようでもある。素朴だが、家族全員で協力して作ったほのぼのさが伝わってくる。

 

ニューデザイン特別賞に選ばれた福島県田村郡の宇佐見 岩男さんは、美容師であった母親に感謝を込めてハサミ型のお墓を建立した。ハサミは動刃と静刃がかみ合ってはじめて機能する。だから、父親と二人三脚、夫唱婦随でどちらかが欠けても用をなさないという意味も込めたという。(下写真左)

同じくニューデザイン特別賞に選ばれた福岡県福岡市の松塚 俊三さんは、インド産の黒御影石に故人の名前と生没年を刻んだだけの、とても簡素な墓である。子どもは娘さん二人で男子継承者がいないことなど、お墓について深く考え、やがてお墓は死者のためにあるのではなく、生きている者たち、故人を偲ぶ者たちのためにあるのだと得心してのお墓づくり。。自分の納骨場所=「終活」としてお墓づくりを行い、お墓を造りえたことで私の心も少し楽になったという。(下写真中央)

            

お墓ニューデザイン大賞は「ありがとう」ダブル表記であるが、そのほかにもニューデザイン賞として福岡県大野城市の田中 由美さんも「ありがとう」で入賞している。お墓づくり、それはそれは、楽しい時間でしたという。「ありがとう」は残された家族から「(お父さん)ありがとう」と言う気持ちと、お墓参りに来て下さった方々に「(来てくれて)ありがとう」を伝えたかったという。 (上写真右)

大阪府八尾市の清水 亜紀子さんは、父の一周忌に合わせてお墓のデザインを考えたという。遺品を整理していると「お墓の設計図」が見つかり、またエンディグノートに何度も「ありがとう」という家族あてのメッセージが記されていたのが印象的で、「ありがとう」を刻んだ。 (下写真左)

          

静岡県富士宮市の山崎 民子さんは、息子さんと二人でのお墓づくり。『ありがとう』の文字は、仲の良かった5人の兄弟夫婦に一文字ずつ書いてもらって合体、彫刻した。家族だけでなく、親兄弟まで巻き込んだお墓づくりだったと振り返る。(上写真右)

家形のお墓も目に付く。静岡県富士市の内田 恒行さんは、拝むときの両手でつつみ込む形を「家」にたとえ、その中にお参りに来てくれた人を招き入れる明るく、光り輝く図を想定し、ステンドガラスで表現した。 (下写真左)

        

北海道河西郡の中瀬 正恵さんは、北海道らしく広々とした敷地を利用、のびのびとしたお墓づくりを、まるでガーデニング気分で行った。広々とした敷地に家形の墓石を置き、亡夫が生前好きだった飛行機関係で飾る。滑走路、格納庫….。肝心の飛行機は現在陶器で制作中だという。(上写真右)

大阪府泉大津市の稲葉 直子さんは、家が好きだった亡夫を偲び五角形、トンガリ屋根の家形のお墓。またゴルフが好きだったということで、馴染みのゴルフ場の写真を2枚もセラミックに焼き付けて墓石にはめ込んである。 (下写真左)

            
墓石にステンドグラスやガラスを組み合わせるケースが増えている。特に仙台市のいずみ墓園では流行のようだ。
宮城県仙台市の志村 純子さんは、東日本大震災でそれまでのお墓が全壊してしまった。父の遺骨は菩提寺に仮住まいの状況。そこで新しいお墓建立を決意。2年間ステンドグラスを習った経験を活かし、父が好きだった蓮の花を制作、墓石中央にはめ込んである。(上写真右)。

同じく宮城県仙台市の酒井 義夫さんは、質素で派手を好まず、倹約的生活スタイルの亡き奥様のお墓。娘さんたちと、最後ぐらいは可能な限り華やかで思いで深い内容で見送りたいと意見が一致。葬場祭はお花を会場一杯に飾っていただき、納得いくものとなりました。また、お墓は妻も好きだったガラス細工を部分的組み合わせた。ガラスは太陽が降り注ぐ際には、素敵な光が輝くという。 (下写真左)

           

宮城県仙台市の青柳 啓介さんは、「墓参りが楽しくなるようなものにしてほしい」という両親の願いを背に受けてのお墓づくり。自然を愛する二人の姿とイメージを重ね、陽光にステンドグラスが映えるモダンな墓石を完成させた。 (上写真右)

お墓に情緒を反映させようと試みたのは、大阪府東大阪市の中垣 眞一さん。深い因縁のある「情」の文字と、ゆったりと流れる川、そこに花びらが舞い降りる日本的な情景のお墓に仕上げた。 (下写真左)

          

人生の締めくくり。夫婦2人で様々だった過去の人生を振り返り、お墓を共作。群馬県高崎市の森 健郎さんは、共に生きてこられた幸せをかみしめながら奥様との寿陵墓づくりに挑んだ。あの世ではゆったりと過ごしたいという思いで書いた<游雲>の文字と、奥様が描いた<椿の花>をやさしい色あいの墓石に 彫り込んだ。 (上写真右)

神奈川県秦野市の岩脇 明美さんのお墓は、亡き夫が闘病中にお墓づくりに着手。1年がかりで完成、四ヶ月後、安心して旅立って行った亡夫のお墓。山登り、旅行の好きだった故人にちなみ墓碑銘は「旅路」。 (下写真左)

          

趣味がキャンプということで、お墓の形をキャンピングカー様にしたのは北海道河東郡の北嶋 勝三さん。墓碑銘は、お世話になった全ての人に対して感謝したいと言う思いから「恵愛に感謝」。 (上写真右)

神奈川県横浜市の菅野 隆寛さんは、いつも和やかで和を重んじていた父を想い「和」の一文字。墓石の高さに気をくばり低くすることで、自然に頭が垂れるお墓を考えた。 (下写真左)

          

長男長女の時代のお墓づくり、両家墓などの問題を見事にクリアしたのが大分県速見郡の吉田 修一さん。「一人っ子の一人娘」が奥様で、義理の両親が健在のうちに、「思いきって」両方同時に並べてお墓を作った。 (上写真右)

神奈川県川崎市宮前区の朝倉 志津枝さんは、パリのモンパルナス墓地のお墓を参考にしてお墓づくり。チョット休めるようにベンチがあるのが自慢。 (下写真左)

         

宮城県名取市の相澤 眞由美さんは、母が大好きだったコスモスの花を心を込めて描き、お墓にはめ込んだ。 (上写真右)

宮城県仙台市の長谷川 富美子さんは、デザイン関係の仕事に携わっている関係で、デザインについてはことさらこだわりがある。ドイツのブロンズ工芸デザイナーの「花と蝶」の作品を購入、ブルーパールという美しいブルーの入った棹石にはめ込んだ。 (下写真左)

          

北海道岩見沢市の高山 松雄さんは、アーチ型のお墓に穴を4か所開けて、四苦八苦と言われるこの世の苦しみを黄泉の世界まで持って行かぬ様に願ったという。 (上写真右)


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