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                                                2015年7月3日発表

「第21回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」

入賞者のお墓建立エピソード

「第21回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」全体まとめはコチラから


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ニューデザイン大賞
二人の孫が書いた「ありがとう」と「ありがとう」
名前:内藤 光代子        年齢:69歳       住所:山梨県北杜市
お墓建立の際のエピソード

上の『ありがとう』はおじいちゃんが私たちにかけてくれる言葉、下の『ありがとう』は私たちからおじいちゃんへ。孫2人が書いた「ありがとう」
亡きおじいちゃんと家族との会話

   

 お墓に彫る文字は『ありがとう』に決めていました。
72歳というまだまだこれから元気で過ごしてほしかった夫は、5人兄弟の長男。兄弟家族ともとても仲が良く、親戚との宴会もよくありました。その宴会の席で、必ず歌われる歌。「今日もこうして会えるのは園長先生(夫の兄、幼稚園経営)のおかげです。…今日もこうして飲めるのは、勝兄貴のおかげです。ありがとうありがとう」感謝の気持ちを素直に「ありがとう」と口に出すことが家風でした。夫も自分の病気のことは気づいていましたが、最後はとても穏やかで、いつものとおり『ありがとう、ありがとう』と言っていました。
書についてはじめは石屋さんに任せようと思っていましたが、「せっかくですからお孫さんに書いていただけば?」という石屋さんの勧めで、習字を習い始めたばかりの5年生と3年生の孫(姉と弟)に書いてもらうことにしました。孫たちもおじいちゃんが大好きで、晩年は二人で夫の足を一本ずつもんであげたりするなど、懸命に看病の手伝いをしてくれました。そんな二人がこんなに堂々として、まっすぐで、あたたかい字を書いてくれました。『ありがとう』一つだけのつもりだったけど、二人とも立派な書なので両方彫りました。上の『ありがとう』はおじいちゃんが私たちにかけてくれる言葉、下の『ありがとう』は私たちからおじいちゃんへ。昔からそうやって声をかけあってきたから、みんなも自然にそんな意味づけを受け入れました。できあがったお墓の前に立つと自然に「ありがとう、ありがとう」と語りかけたくなります。
開眼法要でお骨を納めるとき、みんなで一枚ずつ写経をして奉納しました。孫たちも、手を痛めていた嫁も、家族全員がそれぞれ想いをこめて丁寧に書きました。
お墓参りのたびにこの言葉に会い、その都度いろんな想いがこみ上げてくると思います。内藤家らしい、あたたかで親しみやすいお墓になりました。


ニューデザイン特別賞

亡母は美容師。だからお墓は鋏型
名前:宇佐見 岩男              年齢:60      住所:福島県田村郡
お墓建立の際のエピソード

 母親の墓地・墓石
母親は美容師で、子供4人を育てました。
後ろの2本の尖った形は、ハサミを表現。
ハサミは動刃と静刃がかみ合って仕事を成すので、父親と二人三脚でどちらかが欠けてもハサミとしての体を成さずとの意味で製作。
手前の赤石は、照子≠フ名前をもじって、Sun Sunと輝く照Sunのイメージで、照さんは、周りにいつも明るさと笑顔をもたらしてまして、太陽が如く…と言った願いを込めて…
我々が、墓参りに行っても一目瞭然…必ず導いてくれます。

 

 


ニューデザイン特別賞
インド産の黒御影石に故人の名前と生没年を刻んだだけの簡素な墓
名前:松塚 俊三     年齢:68歳            住所:福岡県福岡市城南区  
お墓建立の際のエピソード

   

今年中に、妻と父のお骨を納める墓を造ろうと思い立って、墓についてあれこれ調べてみた。私の家系は各地を転々としてきたために、先祖累代の墓といったものがなかった。加えて、父の実家は曹洞宗、妻は浄土真宗、父母は天理教と宗派もまちまちである。しかも私の子供は二人とも娘であり、男子継承者がいない。こんな条件でお墓を造るとなると、そもそも墓とは何か、根本に立ち返って考えなければならなかったo 樹木葬、市民墓地、寺の永代供養、民間経営の霊園など、あれこれ見て回ったが、どれも一長一短、値段もまちまちである。決断しかねている私の背中を押したのは、「ウィキペディア」のお墓についての説明であった。いわく「すべての墓は無縁仏になる」というもの。確かにその通りである。寺の永代供養といっても、長い間に廃寺になるし、地震その他の天変地異によって寺も墓も丸ごと土に埋まってしまう可能性だってある。どのような形態の埋葬であれ、一番可能性が高いのは墓の面倒を見る人がいなくなることである。五年に及んだ私の四国遍路も1400キロを踏破し、今年の3月に結願したが、あちらこちらで墓石が瓦礁の山と化した無残な墓地をいくつも見てきた。苔むして、まっ二つに折れた墓石の裏側からは「寛永」、「寛政」といった江戸時代の年号を読み取ることができた。わずか200年足らずの聞に多くの墓が無縁仏になるとすれば、私の造る墓も同じ運命をたどるだろう。いや、もっと早くに打ち捨てられるかもしれない。墓は死者のためにあるのではなく、生きている者たち、故人を偲ぶ者たちのためにあるのだと得心した。私と二人の娘たちのために、生前、妻が好きだった油山の中腹油山観音(臨済宗、正覚寺)にお墓を造った。寺のご住職が大変穏やかな、おおらかな人であったことも幸いした。
今回、石材店に造っていいただいたお墓は、写真にあるように、とてもシンプルなものになった。インド産の黒御影石に故人の名前と生没年を刻んだだけの、とても簡素な墓である。石材屋さんのサンプルをもとに、自分であれこれ工夫した墓に、今は満足している。納骨式に参列していただいた方々にも大変好評で、あった。
お墓を造って、一番、大きく変化したのは、実は、私自身の心のあり様で、あったかもしれない。妻と父のお骨を士に返すことができただけでなく、自分の納骨場所=「終活」の最終地点が決まったこと、何よりも、私が死んだあと、お墓のことで娘たちを煩わせずにすんだことが大きかった。お遍路を終了し、お墓を造りえたことで私の心も少し楽になった。石材店さんには丁寧に対応していただいた。心より御礼申し上げます。


ニューデザイン賞
「ありがとう」「いつも笑顔で」元気をくれるお墓
名前:田中 由美     年齢:46歳     住所:福岡県大野城市
墓建立の際のエピソード

      

 平成25年11月12日に主人は、脳腫瘍のため4ヶ月の闘病生活の後他界してしまいました。

 お墓は特に急いで建てるつもりはなかったのですが、49日も終え納骨はどうしよう?と思った時に、家からすぐ近くにある龍華霊園さんに建てようと決めました。

 主人は家族が大好きで、私と子供3人を残して逝ってしまいました。
そんな主人に世界に1つしかない愛情いっぱいのお墓をプレゼントしようと、お墓作りが始まりました。
それはそれは、楽しい時間でした。
色々と話し合い、デザインを決め自分達で絵を描きました。
文字は「〜家」ではなく、「ありがとう」にしました。

 これは、私達から「(お父さん)ありがとう」と言う気持ちと又、お墓参りに来て下さった方々に主人から「(来てくれて)ありがとう」を伝えたくて「ありがとう」にしました。
字体も色々考えましたが、やはり思いのこもったものにしたかったので、自分の字で書きました。
又、お参りに来て下さった方々が、「いつも笑顔で」いられるように言葉を残しました。
「いつも笑顔で」の下には、太陽のように元気なひまわりのニコちゃんマークを描いてみました。
「ありがとう」の文字の周りには、毎年家族でお花見に行ってた想い出の桜をデザインしました。家紋にもこだわる事なく、そこには幸せの四つ葉のクローバーを描いてみました。
一つ一つの葉っぱを家族に見立てて、1本の茎から5人がつながっているんだよ!という意味を込めました。

 龍華霊園さんに自分達でデザインした絵と文字を持って行きお願いしました。
すると後日連絡が入り、お墓の彫刻師さんが私達に会ってお墓への熱い想いを聞きたいとの事でした。その彫刻師さんは、私達の想いをくみとって下さり一つ一つ丁寧に彫って下さいました。

そして平成26年6月。“父の日のプレゼント”“結婚記念日のプレゼント”“お父さんの誕生日プレゼント”がついに完成しました。無事に開眼式を迎える事ができ、彫刻師さんと霊園の方にはとても感謝しています。

 今は、休みの日ごとに主人に会いに行ってます。四季折々の龍華霊園さんは、いつ行っても美しく、心癒される場所です。お墓を見るたびに笑顔になり、いつも「ありがとう」と語っています。いずれ私も入るお墓。自分の好きなお墓を建てる事ができて、嬉しく思っています。
ありがとう。


ニューデザイン賞
父の遺品の中からお墓の設計図発見、文字は「ありがとう」を
名前:清水 亜紀子        年齢:47歳     住所:大阪府八尾市
お墓建立の際のエピソード

    

 父の一周忌に合わせてお墓のデザインを考えていたところ、生前、自分で自分の葬式を段取りしていた父、もしかしてと思い遺品を整理していると、父が自分で考えた「お墓の設計図」が見つかり、その「設計図」をもとにお墓の形を決めました。
文字は父が残していたエンディングノートに何度も「ありがとう」という家族あてのメッセージが記されていたのが印象的で父の字をそのまま墓石に写していただきました。
装飾は父が大切に育てていた「ぶどう」をデザインしてもらう事にしました。
これで決定という直前に、父の姉が趣味でパッチワークで作った「ぶどう柄のタペストリー」を目にし、「これだ!」と思い急遽デザインの変更をお願いしました。
おかげさまで満足のいくお墓になり、父もきっと喜んでくれていると思っています。


ニューデザイン賞
家族みんなで一文字ずつ書いた「ありがとう」
名前:山崎 民子           住所:静岡県富士宮市
お墓建立の際のエピソード

夫が亡くなったことをきっかけに、息子と二人お墓づくりが始まりました。「お墓らしくないお墓にしたい」という思いでお墓づくりに臨みました。
石材店の施工事例を見ているうちに、様々なことが出来ることを知り、アイデアが溢れました。
墓石には『光』の文字を刻みましたが、これは私と息子が一筆ずつ書きました。また、『ありがとう』の文字は、仲の良かった5人の兄弟夫婦に一文字ずつ書いてもらって彫刻しました。家族だけでなく、親兄弟まで巻き込んだお墓づくりでした。生前から家族、兄弟が仲良く、夫のもとにみんなが集まっていました。
そんな故人の人柄が感じられるお墓づくりになりました。いろいろな文字が集まりましたが、並べてみると寄せ集めてつくった「光」と「ありがとう」には見えない。「家族、兄弟みんなが集まる場所の真ん中に夫がいて、クローバーとナナホシテントウムシの彫刻で家族の幸せを表す」 まさに「家族、兄弟みんなで作った夫への『ありがとう』のお墓」です。
加えて、夫がお腹を空かさないようにと、石でおにぎりをつけて。本当に家族らしいお墓になりました。納骨の時には、家族、兄弟で「この字があの人らしい」と、書いた時のエピソードなどを語り合っていました。家族だけでなく親戚までもが喜ぶお墓。ここに来れば、いつでも夫に会える。そんな家族の拠り所が出来ました。家族の気持ちを整理し、未来へ想いを残す。そんな思いでいっぱいです。

    


ニューデザイン賞

両手でつつみ込む形のお墓
名前:内田 恒行          年齢:66歳      住所:静岡県富士市
お墓建立の際のエピソード

「墓石のデザインが自由である事」と「富士を背に駿河湾を見渡せる所」という事が、墓地買入のポイントでした。『おじいちゃん』『おばあちゃん』と慕ってくれた孫達が、出来るだけ多く遊びに来てくれるようにとの願いをこめ両手でつつみ込む形≠考えました。
拝む時の手の形を「家」にたとえ、その中にお参りに来てくれた人を招き入れる明るく、光り輝く図を想定し、ステンドガラスで表現しました。
中央の仏像は、合わせた両の手の「親指二祖父母」とし、路傍の像のごとく我々を見守って頂こうという願いをこめ『相思愛』の場が出来るように考えたものです。
実際に図面を引き、石材店さんからアドバイスも頂き思い通りの「家」が出来たと思います。

  


ニューデザイン賞

家型のお墓に模型飛行機
名前:中瀬 正恵     年齢:56歳     住所:北海道河西郡
お墓建立の際のエピソード

 このお墓は、三年前に64才で亡くなった夫のものです。

 主人は、子供の頃から飛行機好きだったそうで、仕事も「ウルトラライト機」の販売をしていたり、趣味も「ラジコン飛行機」だったこともあり、家の前にいつでも飛べる滑走路をと思いデザインしました。
格納庫もどきの3個のブロックは、花の手入れ後ひと休みする為のベンチです。家形の墓石以外は自分で作りました。又、ピンクの砂利のところに飾る飛行機形の置き物を陶器で製作中です。
すぐ側の我家の庭に、入院前の主人と植えたピンクと白の「紫陽花の木」最期の会話がその花のことだったので、この庭にも1本ずつ植えました。
私は、趣味のガーデニングを楽しみ花の咲く時期は毎日のように手入れをしながらお墓参りします。きっと主人も喜んでくれていると自己満足しております。.因みに今年の冬は大雪でした。お彼岸前の除雪の際、カワイ過ぎる主人のお家は一部壊されてしまい只今修復中です。

  


ニューデザイン賞

家型のお墓に、ゴルフ場の写真をセラミックで焼き付け
名前:稲葉 直子        住所:大阪府泉大津市
お墓建立の際のエピソード

    

主人を亡くして、お墓を建てることになりました。市営墓地の募集があり、自宅近くで墓地を確保することが出来ました。
お墓は一般的な“和"のかたちではなく、オリジナルの形にしたいと考えていました。
亡くなった主人は、家がとても好きな人だったので「家」をモチーフにしたお墓にする方向で、その他色々と石屋さんに注文しました。お骨の壷ごと納めること。また、主人が生前ゴルフを楽しんでいたこともあって、よく通ったゴルブ場の写真をセラミックに焼き付けてもらいました。寂しくない様に、プランターを入れる花壇も作ってもらい、主人も喜んでくれていると思います。


ニューデザイン賞
自作ステンドグラス入りお墓
名前:志村 純子    年齢:63歳     住所:宮城県仙台市太白区
お墓建立の際のエピソード

   

手作りのステンドグラスで今の私を父に伝えたい

私たちのお墓は、東日本大震災で全壊してしまいました。今もまだ仮設住宅で不自由な思いをしている方たちがたくさんいますが、私の父の遺骨も菩提寺に仮住まいを余儀なくされていました。
父に安心して眠って貰いたいという気持ちが日に日に強くなり、市営霊園に見学に行った時のこと。今まで私の知らなかったいろんなお墓がありました。その中にステンドグラスを組み入れてある素敵なお墓を初めて見ました。
私はステンドグラス作りを習って二年になります。仮住まいの父にこんなお墓で安心して眠ってもらいたい。今の私の生活を父に見守ってもらいたい。そんな気持ちから私の手作りのステンドグラスでお墓を作りたいと考えました。
ステンドグラスのデザインは父が好きだった花、その中でも蓮の花にしようと決めました。自然光でのステンドグラスの透明感と引き立て合うようにお墓の石は黒で。でも蓮の花のイメージに合うように形は優しい曲面を使いたい。そう思ってこのデザインにしました。
想像していた以上の出来上がりにとても嬉しく思っています。このお墓なら今私が毎日充実していることを、胸を張って父に報告できそうです。


ニューデザイン賞
本をあしらったデザイン、洋式のガラスを取り入れたお墓
名前:酒井 義夫     年齢:56歳     住所:宮城県仙台市青葉区
お墓建立の際のエピソード

    

生前の妻は、家族と家庭をとても大事にし、安らぎに溢れ、明るい家庭を創ってくれ、二人の娘とは姉妹に思えるような仲でした。質素で派手を好まず、倹約的生活スタイルの女性でした。
癌の告知を受け、拒んだ治療も孫の知らせを契機に前向きに病魔と闘い、大きな手術を3回チャレンジしましたが、最愛の妻は帰らぬ人となってしまいました。早すぎる生涯に残された家族は悲しみ傍然としました。
母親思いの、娘たちと相談し、最後ぐらいは可能な限り華やかで思いで深い内容で見送りたいと意見が一致。生前から花好きの妻・母親だったことから、葬場祭は、お花を会場一杯に飾っていただき、納得いくものとなりました。
次は、お墓をどうしようかと娘たちと考え、妻の好きだったものをいろいろ工夫し、デザインを中心に個性ある我が家のお墓にしましょうと一致しました。
休日には、墓石デザインを参考とすべく近隣の墓地を何度も見て歩きました。ある晴れた日、ガラスのお墓に見とれました。妻や家族もガラス細工が好きだったもので、部分的でいいのでガラスを入れる事にしました。
「我が家の墓石」本をあしらったデザインを中心に、太陽が降り注ぐ際には素敵な光が輝く洋式のガラスを取り入れ、墓石に丸みのある流線型デザインとし、更に中心にはバラの花一輪を立体的な彫刻に取り入れました。
バラの花は次女がデザイン、本には長女がデザインした妖精をあしらい、そこに家族全員の最大の感謝を込めて、私の直筆による「ありがとう」と記しました。納得いくまで取り組み、満足の行く我が家のお墓が完成しました。「ありがとう」


ニューデザイン賞
陽光にステンドグラスが映えるモダンな墓石
名前:青柳 啓介    年齢:49歳     住所:宮城県仙台市泉区
お墓建立の際のエピソード

  

「墓地を購入してあるから、生前にお墓を建てておきたい。」と両親から話を受け、当初は「なぜ今そんな事を考えてほしくないし、考えたくもない。」と思いました。1年が経った頃、「両親の気持ちを一番に尊重すべきではないか。」と考えるようになりました。
年が明けてから、墓石をどんな風にするか家族で、話し合い、両親から「デザインはあなた達におまかせする。墓参りが楽しくなるようなものにしてほしい。」とまかされました。しばらく悩みましたが、墓地に何度も足を運び、周囲の風景を見ているうちに、木もれ日がふりそそぎ、穏やかで、やさしく包みこまれているような感覚になりました。まさに、両親の佇まいそのものでした。
自然を愛する二人の姿とイメージを重ね、陽光にステンドグラスが映えるモダンな墓石を作ろうと決めました。
四季折々にお墓を訪れるのが楽しみになりそうなお墓が建ち、満足のいくしあがりに両親も喜んでいます。


ニューデザイン賞
川を桜の花びらが流れる「情緒」のあるデザイン
名前:中垣 眞一         年齢:50歳       住所:大阪府東大阪市
お墓建立の際のエピソード

 全体的な割肌も含め力強さがテーマ。また、文字の「情」という字は中垣家を語る言葉。「ジョウ」は感情や人情にも使われ、「ナサケ」と読む事が出来る字です。
川を桜の花びらが流れる「情緒」のあるデザイン。家族の中心でもある私の渾身の出来映えとなっています。

 

 

 

 


ニューデザイン賞

ご主人が書いた<游雲>と奥様が描いた<椿の花>
名前:森 健郎        年齢:60歳代     住所:群馬県高崎市
お墓建立の際のエピソード

  

私と妻。二人で協力して共に歩んで来た道のり。 家庭を持ち子どもを育て、親の面倒を見てきた。 生まれたばかりの我が子が与えてくれる小さな喜びから悲しみや悩みも 大小さまざま。その時々に話し合って解決をし、時にケンカもした。 振り返ってみると楽しくもあり苦しくもあり、嬉しくもあり。そして今、共に生きてこられた幸せをかみしめている。 だから<游雲>。 あの世ではゆったりと過ごしたい。おおらかに日々を楽しみたい。 もちろん妻とふたりで。<椿の花>のように鮮やかに潔く。 私が書いた<游雲>と妻が描いた<椿の花>をやさしい色あいの墓石に 彫り込んで頂きました。墓所入口左右には二人で並んで腰が掛けられるように、平らで広めの石を設置しました。 夫婦揃ってお参りに来た時はこの石に並んで座り、亡き父母と語らいたい。 時には思い出にも浸りたい。この空間は私達夫婦にとってなんとも豊かな 空間となりました。お墓づくりを手掛けて下さいました石材店の皆様、いろいろ お世話になりました。心より感謝しております。


 ニューデザイン賞
山登りや旅が大好きだった亡夫の墓は「旅路」
名前:岩脇 明美     年齢:66歳     住所:神奈川県秦野市
お墓建立の際のエピソード

「旅路」 主人こだわりの「終のすみか」

何年か前より終のすみかを探し始めていたところ病気になり、自宅から近い人生をかえてくれた富士山の見える場所にたどり着き、一目で気に入り決めました。
今は亡き主人が闘病中(二十二年)、石材店様と出合い、デザイン墓を選び、それからが始まりでした。幾度となく打ち合わせをし、一年かけて作りあげた想いのこもったお墓です。
字の大きさや配置、バランスのひとつひとつ念入りに検討し、花立ての彫刻、桔梗の花一つにしてもこだわり、さまざまな本の中から選び「永遠の愛」と言う花言葉をもつ桔梗の花を描きました。
両側には山に吹き渡る爽やかな風のイメージ、幾度となく登った富士山の彫刻は自分で撮った写真の中から選びました。山登りや旅が大好きだった主人は、いつまでも二人で旅が出来るようにと「旅路」としたそうです。
制作より一年後の春、自慢の終のすみかの完成を見届け、四ヶ月後、安心して旅立って行ったと思います。百名山達成ならず、残りの何山かを今頃一人で旅していると思います。石材店様には素敵な墓を作って頂き感謝します。

 


ニューデザイン賞

墓石の形がキャンピングカー様
名前:北嶋 勝三     年齢:69歳     住所:北海道河東郡
お墓建立の際のエピソード

  1. 家内・愛がクリスチャンの為、仏教徒の私と一緒に入れるお墓が欲しかったので、墓石に十字架を入れ、仏教色のない御墓としました。
  2.  墓石銘は、最も、苦労しましたが、これまでの人生を振り返って、家族や友人、住事上の御付き合い、自然環境等々色んな点でとても恵まれていた事、又、愛が全ての基になっていた事、こうして、お世話になった全ての人に対して感謝したいと言う事から「恵愛に感謝」としました。又、家内の名前も懸ける事ができましたが、更に、キリスト教の教義では信仰・希望・愛が最も重要な要素なので、この事にも触れることができる様にとの願いを込めました。
  3.  私の最大の趣昧は、キャンピング力ーで旅行することで、一時は2台所有したこともありました。そんな性格が誰にでも分かる様に、又、世代を超えて引き継がれる様に墓石そのものの形をキャンピングカーに似せてみました。
  4.  第二の人生で始めた野菜農家を象徴する作物が、我が家の場合、毎年、首都圏に直販するグリーンアスパラガスとスイー卜コーンですので、その事を後世に伝える為にイラストを表面に彫ってみました。
  5. 自由墓所は一般に東西に面して、サイズが1360mm*93 0mmですが、長い万が奥行きとなっています。幸い角地を確保出来たので、長い方を正面南向きとしました。お陰で、他の墓所より、正面が広く開放感があり、よりデラックス感に溢れたデザインを採用出来ました。

ニューデザイン賞

お墓を低くすることで、自然と頭を垂れるようなデザイン
名前:菅野 隆寛     年齢:43歳      住所:神奈川県横浜市青葉区
墓建立の際のエピソード

テニスとコーヒーが大好きだった父が急な病に倒れ、残された時間があまり無いことを知った時は、その事実を受け入れることができませんでした。
しかし、病状を知れば知るほど受け入れざるを得ない現実に直面し、「自然の摂理」として受け入れる心ができた時に、思い立ったことが墓石のデザインでした。
父の最期に私ができることは何か?と自問したとき、父のおかげで生業とすることができた「デザイン」で、父のためのお墓を創ることが、いままで大したこともできなかった最後の孝行になる、と思ったのです (両親は姉弟の多い家庭のなか、他人の倍働いて私や姉弟を学校ヘ行かせてくれました)
職業柄もあり、もし自分のお墓をデザインするなら、高く積むことで立派に見せるのではなく、墓表を低くすることで正対した時に自然と頭を垂れるようなデザインにしたい、というイメージを持っていました。これは、見栄を張ることなく地道に苦労をしながら商売を続けてきた父を想うときに、重なるイメージでもあります。
建立まで時間もなく、お墓の知識など全くない私でしたが、さまざまな情報を集め墓石屋さんや母姉弟と相談しながら、そのイメージを「お墓」として機能する形へとデザインしてゆきました。
みんなの想いを込めてできたお墓は、新しもの好きで、本物志向だった父のために、モダンでシンプルなデザインだけれども石材にはこだわり良質な黒御影を使ったもの、となりました。
刻まれた「和」の一文字は、いつも和やかで和を重んじていた父を想い、みんなで自然と決まりました。
この墓表の文字は全て書家の姉に書いてもらったものです。そして日々の管理は、地元に住む母ともう一人の姉、そして弟にお願いしています。
完成したお墓を見ることなく父は逝ってしまいましたが、残されたみんなで創り見守っているお墓を、喜んでいるに違いありません。
墓の前で手を合わせ、頭を垂れるたびに感じるのは、父への感謝、ご先祖さまへの感謝です。ありがとう。


ニューデザイン賞

自分のお墓に加えて、義理の両親のための小さな2人だけのお墓も
名前:吉田 修一     年齢:46歳         住所:大分県速見郡
お墓建立の際のエピソード

お墓を作るにあたり
平成26年4月4日に父が急死したことを期に、遺骨をどうするかという問題が突然訪れました。私の父は末っ子のため、先祖代々のお墓には入れず、また出来れば自分のお墓を持つことを希望していました。しかし、生前には、なかなか決心が付かなかったことと、立地条件の良い墓地が決まらず、生前にお墓を立てることなく昨年亡くなってしまいました。
残された家族で、お墓を作るべきか、それとも今後のことを考えて(私には現在17歳の息子と娘の双子は居ますが、大分の地に残るとは限らない)、納骨堂や樹木葬といった最近のスタイルで納骨を行うべきかずいぶん悩みました。
また、お墓を作るにあたり、「お墓を作った人の思い」や「全優石のホームページ」等を参考にさせてもらい「お墓を建てることへの意味」を考えさせられました。
さらに私は「一人っ子の一人娘」を嫁にもらっているため、義理の両親の問題も考えなければならない立場でした。そのため、義理の両親は、私の父の死を期に私には面倒を掛けないように、自分たち2人は、「散骨や樹木葬で良いよ」と言って下さっていましたが、「私たちがこうして毎日暮らしていけるのも両親のおかげ」と思ったのと、「これも何かの縁」を感じ、義理の両親が健在のうちに、「思いきって」両方同時にお墓(義理の両親は2人だけが入る小さなかわいいお墓)を作ることに決めました。

お墓に込めた思い
<写真左:吉田家の墓>
・父が死ぬ直前まで、好きだった囲碁を友達としていたことから、お墓の敷き石の上に生前使用していた「碁石」を敷き並べてもらうことにしました。
・亡くなった時期が4月4日で桜が咲いていたことから、墓石の左上に4つの桜の花びらを入れました。
・文字の「心」については、色々な意味があり、亡くなった祖先から、生きている人へのメッセージとして「心から感謝する」「心をこめて」という意味だけでなく、亡くなった祖先の「心を受け継いでほしい」という願いも兼ねています。

<写真右:義理の両親のための小さな2人だけのお墓>
・2つめの文字の「ありがとう」については、「お参りに来てくれてありがとう」「全てのことに感謝する」という意味があります。
・「ありがとう」を漢字で書くと「有り難う」となります。本来の意味は、「有ることが難しい」という意味だそうですが、自然や普通であることが当たり前の現在、お墓参りをした時に「自然や普通であることが難しい物や事もある」と言うことを改めて知ってもらい、「当たり前であることへの感謝をしてほしい」と言う願いが込められているのと、「難が有った時(災難に遭ったとき)」には、それを乗り越えて、「乗り越えられた時に」お参りに来て感謝の意を込めて「ありがとう」と祖先に報告してほしいという意味も込められています。

(最後に)
私の父は、残念ながら今回建てたお墓を見ることなく亡くなってしまいました。しかし、父には「私がお墓を建てた想い」が届いたと思っています。今回、お墓を建てるにあたり色々なことがありましたが、同じ場所で同時期に両方の両親のお墓を建てられたことにより、両家の「心」と「心」が繋がりました。
お墓を建てた今になって、恥ずかしくてなかなか声に出して言えないのですが、「両家の心と心を繋いでくれてありがとう」と、2つのお墓の文字を合わせて「心からありがとう」と述べたい。


ニューデザイン賞

チョットやすめるようにベンチ付き
名前:朝倉 志津枝        年齢:58歳      住所:神奈川県川崎市宮前区
お墓建立の際のエピソード

  

 このお墓を建てるまでに、川崎市営を申し込み10年がかりでやっと当選しました。6uととても広いお墓なので、色々と悩みました。
パリに旅行で行った時、モンパルナス墓地を見学して敷地に直接建っていて外柵としては特になく斬新で、私もこんなお墓にしたいと思い写真を撮って石材店さんと相談させていただき、このようなお墓が出来上がりました。
まずは、皆で入れるように納骨できる場所を広くとり、土の下での納骨ではなくフラットの状態で納骨出来るように、真中の赤い所を開けるとお骨が20体位は入れる広さです。
そこまでは、車イスでも行けるように平らにしてすべり止めをつくり、チョットやすめるようにベンチも作り、その下はお掃除道具をしまいます。
そして、石と石の間に家の名前をステンレスで Asakura〜muroと型どっていただき、正面の石には母の名前の美と母の好きななでしこそして、私の好きな富士山を彫ってもらいました。
黒石との間にポイントで赤い石を入れてもらいシンプルに出来上がったと思っています。花びんは、通常1対ですが私はあえて1つにしてもらいました。
あと建主は父にして、父の名前は向かって右側に彫り、父も母も兄弟もその家族もだれでもがいっしょに眠れるお墓として、正面真中にfamily sleepと彫りました。家族の思いがつまったお墓が出来て、とても満足しています。


ニューデザイン賞
母が大好きだったコスモスの花
名前:相澤 眞由美          住所:宮城県名取市
お墓建立の際のエピソード

私の手書きのコスモスで微笑むお母さん

  

私の母は平成26年3月17日に亡くなりました。
母は秋の季節がとても好きでした。秋に咲くコスモスの花を見ると心穏やかになり、又、嬉しい気持ちになるからでした。私たち家族も秋の季節がとても好きでした。コスモスを見て穏やかに微笑む母、お地蔵さんのように優しい母が大好きでした。
天国にいる母のために、大好きだった母のために 私たちには何がしてあげられるだろう。大好きだった母の為に、母が大好きだったコスモスを心を込めて描きました。
私が描いたコスモスをお墓に使用して頂くことで、母と子の繋がりが永遠に続いていきますように、という想いからこのお墓を作りました。
コスモスが大好きな母が微笑んでいるお墓。母がいつまでも心穏やかに嬉しい気持ちでいてくれるように、そんな想いを込めたのに、コスモスに囲まれて微笑む母をお参りする度、私たち家族も心穏やかに嬉しい気持ちになります。


ニューデザイン賞
ドイツのブロンズ工芸デザイナーの花と蝶の作品入りお墓
名前:長谷川 富美子                住所:宮城県仙台市青葉区
お墓建立の際のエピソード

花が咲いて蝶が舞う 人生は宝石箱(ドイツのブロンズ工芸コラボレーション墓石)

 父は東京のデザイン学校に私を行かせてくれました。そこでファッションデザインを学びその仕事につけたのは、何より父への最大の感謝です。なので、三姉妹の長女である私の主体性にかけてくれた父に宛て、残された家族の思いと希望をデザインに託しました。アスコットタイがよく似合うお洒落な父は、今きっと天国で自分のやりたいことにみちみちて居ると思います。
人生は可能性に富み、生き生きとエネルギーに溢れて思う存分身体を活かして生きられる。そんな生きることということを肯定的に捉えたデザインにしています。
最初、ドイツのブロンズ工芸デザイナーのこの花と蝶の作品が目にとまり、なんて生きることを美しく表現しているんだろうと、その重厚感や色や艶などもあり、感覚とインスピレーションが沸き採用決断。ドイツに墓石屋さんを通して発注。受注生産で三か月が経過して手元に届き、感動しました。これを最初のイメージ通り、日本の墓石と上手くコラボレートさせれば、年月が経過してもその存在感、その風合いがますます生き続けていくことと確信しました。
「花が咲いて蝶が舞う」自然の摂理の中で選ばれて生まれてきたことに感謝。支えてくれたことに感謝。それは生きるものにとって忘れてはいけないこと。そういう思いを託しています。
ブロンズの花や蝶はブルーパールというとても美しいブルーの入った棹石にはめました。ブルースカイの中で咲く花と蝶です。棹石は天に向かい広がる形に曲線にしています。青空に向かう花や蝶のように、心の制限を外して自由に喜んで生きられる。そんな世界観を表現しています。
出来るだけシンプルな形にして、説明ではなく視覚に言わんとしてインパクトを持って表現しました。生花は必要な時に花立を用意して美しい花を飾ります。普段は凹凸のないフラットでシンプルな形が空を映し出してくれます。
まるでオートクチュールの洋服を考える様にディテールや素材や色選びと楽しくデザインさせて頂きました。周りからはお墓のイメージが変わるなど興味を持って頂いています。小さくても大切な宝石箱のようです。美しい御霊と共にこの美しい石に会うことを楽しみにお墓参りさせて頂いています。
これも石についての知識やバランス等専門家のサポートがあったからですね。石材店さんには手厚くご協力頂き大変感謝しています。


ニューデザイン賞

アーチ型に4つの穴。この世の四苦八苦はあの世に持ち越さない
名前:高山 松雄      年齢:67歳          住所:北海道岩見沢市
お墓建立の際のエピソード

  

私は、妻の生前には好きなことをさせてもらい、思いの通り過ごしてきました。妻には、大変苦労と心配をかけてきたと思っています。
よく二人で亡くなった後のことを冗談話として、「葬儀は親子だけ行い、お骨は自宅の花壇にでも散骨し、お墓は建立しない」など話したものです。
しかし、葬儀等は別として実際には私の心の拠り所としてお墓を建立することとしました。
お墓は、自分のこだわりと想いを込め1年以上かけて構想を練り、図面に落し石材店さんとも相談しながら建立できました。
お墓の正面は、アーチ型でアーチは「円」で「円」は「和であり仲良く、協力し合う」ことを表しています。そのアーチの左には四っの穴を空け四苦八苦と言われるこの世の苦しみを黄泉の世界まで持って行かぬ様にとの願いです。
アーチ下の「球」は、納骨されている妻の想いが凝縮されているものと考えています。私は、趣味で篆刻をしていましたので、この「球」には篆書体で「偲」と刻みました。
また、妻はアジサイの花が好きでしたのでアジサイの花をアレンジし刻みました。特に妻は、幼いころから他界するまで日記を付けていましたので、墓誌はノートが開いているような形にしました。
おかげさまで、私もいずれ妻と一緒に居れる満足のいく黄泉の住まいが出来上がりました。これも石材店さんのご尽力があったことに心より感謝しております。



「第21回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」全体まとめはコチラから

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