2014年2月

大震災から3年。「奇跡の集落」大船渡市吉浜地区に「津波記憶石」建立

先人が高台移転を決断したことが、東日本大震災から住民を守った!!

偉業に感謝するとともに、他地域の災害被害軽減への願い

石材店団体 全優石が地元建立実行委員会と、3月25日に除幕式〔予定)


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東日本大震災から3年。大津波の事実と教訓を後世に伝えるとともに、亡くなられた方々への慰霊の気持ちを込めた「津波記憶石」の27番目の石碑が3月11日、「奇跡の集落」として知られる岩手県大船渡市吉浜地区に完成する。建立場所は市有地で、岩手県大船渡市三陸町吉浜上野の新山神社近くの海が望める道路脇(県道250号線)。近くに石川啄木の歌碑などが立つ一角である。

北海道から沖縄まで、全国の優良石材店約300社で構成する墓石業者の全国組織「一般社団法人 全国優良石材店の会」(略称・全優石、会長・吉田剛、事務局・東京都品川区上大崎3-8-5)の「命の復幸計画」事業の一環として建立される。計画では岩手、宮城、福島など津波被害を受けた沿岸地域に建立を目指している。すでに2011年12月に岩手県釜石市の根浜海岸に第1号を建立、2012年3月に気仙沼市の小泉小学校に第2号、6月に岩手県釜石市唐丹町本郷に3番目〜25番目を、また2013年3月に岩手県大船渡市三陸町綾里駅前に26番目を建立してきた。

岩手県大船渡市吉浜地区は昔から「アワビの産地」として知られる。V字型の吉浜湾に面し、扇状地が海に向かって開け、津波の直撃を受けやすい地形である。明治29年(1896年)の三陸大津波で大きな被害を受けた後、村長の提案に村民が一致協力、海辺の低地を離れて山麓に近い高台にほぼ全集落が移転した。その後の昭和8年(1933年)の三陸大津波でも被害を受けたが、高台に移転していたため被害を最小限度にとどめられた。ただ低地に住んでいた住民ら17人が犠牲になり、当時の村長が私財を投げうつなどして高台移転の移住先を用意した。東日本大震災では被害も犠牲者が最小限の1人にとどまり「吉浜の奇跡の集落」と呼ばれている。

吉浜地区での「津波記憶石」建立の契機は吉浜中学校の村上洋子校長が作った。東日本大震災時、村上校長は隣町の釜石市釜石東中学校の副校長であった。大津波では隣接する釜石東中学校と鵜住居小学校の両校は、在校していた計約600人全員が無事に避難した「奇跡」で知られる。2004年から徹底し防災訓練と職員の避難誘導が迅速、適切であったと評価されている。当時、釜石東中の校長は公務のため外出中で、避難の指揮をとったのが村上副校長であった。震災以後、隣町の吉浜中学校の校長として赴任した村上校長は、吉浜の先人の決断を知り感動した。そんな折に釜石市唐丹町本郷に建立された3番目〜25番目の「津波記憶石」を見学した。こんな石碑を吉浜地区でも建立できたら、と全優石に相談してきたことから建立話は進んだ。全優石の建立方針にも共感していただき、昨年2月に地元有力者、青年部等とともに吉浜地区津波記憶石建立実行委員会(委員長は吉浜地区公民館館長の東堅市氏)を立ち上げ、準備してきた。石碑は他の「津波記憶石」とは少し違い「顕彰碑」の性格が強い。先人の先覚者が大きな決断の元、高台に集団移転したことが東日本大震災から住民を守ってくれた。その先人の偉業に対する感謝の気持ち、素晴らしい過去を後世に末永く語りついでいきたいという思い。そのため石碑には「吉浜の奇跡の集落」の文字が刻まれる。またこの石碑を通じて、地元だけでなく広く他地域の災害被害の軽減にも役立ってほしいとの願いが込められる。

新山神社下の窪地であった建設予定地の整備は完了している。石材提供や石材加工、施工などは全優石加盟の有限会社石玉石材(本社・岐阜県多治見市大畑町赤松14-7、社長・水野 文雄)がボランティアで行う。石材は中国産の北大黒(花崗岩)で、別名「静夜思黒」。水野社長は曹洞宗寺院の総代表を務めていて、被災地の曹洞宗寺院が大きな被害を受けたことに心を痛めていた。なんとか力になりたいという思いからボランティアを買って出た。

石碑のデザインは玉川大学 芸術学部ビジュアルアーツ学科の高橋 正晴 教授(彫刻)にお願いした。高橋教授は昨年7月、10月に現地を訪れ、地元の被災者の話を幅広く聞き、デザインに反映させた。高橋教授はデザインの意図を次のように語る。<「吉浜の人々と歴史」を象徴的なかたちに捉え、意図したデザインです。それは、「二人の村長の教え」を支えの台形の石に例え、そしてその上にバランスを保ちながら置かれた二つのL字型の石を「吉浜の人々」と「歴史」に例えてデザインした「石のかたち」です。>すでに石碑の形は加工が済んでいて、後は2月中旬頃より「吉浜の奇跡の集落」という文字彫刻が行われ、2月下旬〜3月上旬に現地で設置工事を行い、小学校、中学校の卒業式シーズンに合わせた3月25日11:00〜に除幕式を行う予定。

また、現地基礎工事・設置協力は、自らも被災しながら、これまでの石碑建立に協力してきた地元・岩手県下閉伊郡山田町の有限会社 伊藤石材工業が行う。

※建立地は「大船渡市三陸町吉浜字上野1−3」、グーグルマップ上「39.147802,141.831686」で検索。
※現地設置工事の詳しい日程は今後決定します。次の全優石の報道向けwebページでご確認下さい。
http://www.info-ginza.com/zenyuseki/

なお、「津波記憶石」には、ステンレスに刻まれたQRコードが貼り付けられ、訪れた人が携帯電話で読み取るとホームページにリンク、津波前の街や津波の様子、そして未来に伝えるメッセージなどを見ることができる


吉浜津波記憶石「奇跡の集落」建立に当たって〔津波記憶石の左に置かれる碑文石に彫刻される。〕

平成二十三年三月十一日に発生した大津波による吉浜での犠牲者は、行方不明者一名でした。ただ隣り町にあった老人ホームに入居していた吉浜の人たちの犠牲者は十一名にも上りました。

その外、民家四戸、民宿一棟が被災し、漁協事務所や倉庫は水没、養殖筏や定置網の施設は潰滅。船は、沖に避難した十二艘を残して二百八十四艘を流失しました。また、沖田・川原耕地は、防潮堤が倒壊して浸水し、耕作不能となりました。

しかしながら、これら地区内での被害は他所と比較して極めて軽微であったことから、内外の報道機関より「奇跡の集落」と呼ばれ、最も被害の少ない地域として注目を集めました。

吉浜の被害が少なかったのは、明治三陸大津波の後、初代村長新沼武右衛門の先導によって 住居の高台移転が進められたことと昭和三陸大津波の後にも八代村長柏?丑太郎主導による耕地整理と復興地を造成しての高台移転が徹底されたことによります。

ここに、亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、二人の村長とその教えを守り、徹してきた先人の偉業を顕彰し、いっそう防災意識を「高め」「広め」「伝え」、地元はもとより他地域の災害による被害軽減にも役立つことを願ってこの碑を建立します。

平成二十六年三月十一日
吉浜地区津波記憶石建立実行委員会


参考:津波記憶石関連リンク

■全優石のホームページ
http://www.zenyuseki.or.jp/

■全優石津波記憶石プロジェクト
http://www.tsunami-kioku.jp/

■岩手県釜石市の根浜海岸に建立された第1号についてのリリース参照
http://www.info-ginza.com/zenyuseki/tsunami/tsunami1.html

■宮城県気仙沼市の市立小泉小学校に建立された第2号についてのリリース参照
http://www.info-ginza.com/zenyuseki/kesennuma/kesennuma.html

■岩手県釜石市唐丹町本郷に建立された3番目〜25番目についてのリリース参照
http://www.info-ginza.com/zenyuseki/12touni/touni.html

岩手県大船渡市三陸町「綾里駅」駅前広場に建立された26番目についてのリリース参照
http://www.info-ginza.com/zenyuseki/13oofunato/oofunato.html

■「東日本大震災お墓修復支援隊」についてのリリース参照
http://www.info-ginza.com/zenyuseki/shien/shien.html


■有限会社石玉石材 連絡先
TEL:0572-24-6868  FAX:0572-24-2778
住所:〒 507-0815 岐阜県多治見市大畑町赤松14-7
メール isitama@lily.ocn.ne.jp URL  http://www.ishitama.net/

整地前の建立予定地
整地後の建立予定地 吉浜湾が見える

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報道お問い合わせは
一般社団法人 全国優良石材店の会  事務局長 山崎 正子
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