2008

「第14回全優石ニューデザインお墓写真コンテスト」結果詳細-1



☆☆☆ ニューデザイン大賞

「雪ダルマゆうパック」郵便局長が亡妻のために建てた雪ダルマ型お墓

名前:真保 生紀

住所:北海道勇払郡

 私は1985年(昭和60年)に、早来雪だるま郵便局(安平町早来大町)局長に就任しました。翌年、収益増と地元名物づくりを目指し、発泡スチロールに本物の雪を詰めた「雪ダルマゆうパック」を考案しました。今年で23年目を迎える雪ダルマゆうパックは毎年、全国各地から注文が相次ぐ名物に成長しました。郵便局の名前まで、全国でも珍しく、元の早来郵便局から早来雪だるま郵便局にしてしまいました。

 しかし、当初は奇抜な発想に周囲は冷ややかでした。そんな中、本州育ちの妻(育子)は「雪のない地域の人にはきっと喜んでもらえる」と共感し、励ましてくれました。自らもハヤキタユキダルマカイ代表として、凍てつく冬に、パート女性と雪詰め作業を手伝ってくれ、文字通り雪ダルマゆうパックを二人三脚で育て上げてくれました。

 その妻が脇腹の痛みなど、体調に変化を訴えたのは、2007年1月の雪詰め作業時でした。診断は肝臓がん。既に腫瘍(しゅよう)は広がっており、2007年6月15日に苫小牧市内の病院で亡くなりました。

 妻の亡くなる2年前、雪ダルマゆうパック20周年に合わせた2005年(平成17年)。「ここまでこだわった雪だるま。死んでもこだわりたい夢」の想いをこめ、いずれは自らの墓石として使用するつもりで、白御影石製の「雪だるま」(高さ1.2?、胸囲2.75?)を地元石材店に注文。PRを兼ねて郵便局前に設置してありました。

 長年、手伝ってくれた妻への感謝を込めて、白御影石製の「雪だるま」は安平町追分地区の墓地に2007年9月に移転しました。黒御影石製の土台の上に設置された白御影石製の「雪だるま墓石」には「夢」の一文字を彫刻、向かって左側に七体の小さな雪だるま(白御影)を新たに制作、「七転び八起き」をなぞった形になっています。また、花立を雪だるまの形にし、家紋の上り藤には雪だるまをいれてアレンジしてあります。

 思いがけない早い時期でのお墓への転用を迎えましたが、亡き妻もきっと喜んでくれていると思います。自分の夢と一緒に歩んでくれた妻には、感謝の気持ちでいっぱいです。

 なお、2008年2月には、ブラジル移民100周年記念として、サンパウロに巨大雪だるまを贈るプロジェクトにも取り組みました。また2008年6月末で早来雪だるま郵便局を退職します。


☆☆ ニューデザイン賞

亡き父へ、家族に、そして多くの人への感謝、「ありがとう」の文字入りお墓

名前:大串 和久/智子

住所:兵庫県神戸市

 2年前、私たち夫婦が神戸へ移ったすぐ後に埼玉県所沢市の実家に住む父の胃癌が発症、闘病生活がはじまりました。そして昨年11月15日、同居の母や妹たちが見守る中、父はやさしい笑顔で旅だち、通夜や告別式でたくさんの方々に見送っていただきました。

闘病中にありながら看護師の妹が付き添い遠く神戸まで新幹線で会いに来てくれた父。

 私たちの人生をずっとずっと応援してくれてきた父。そんな父への感謝の気持ちを「ありがとう」の文字にあらわしました。そして…同じ屋根の下でずっと父とともに暮らし見守ってくれた母や妹たちに、「ありがとう」。職場や地域で父をささえてくださった方々へ、「ありがとう」。お墓には朝おひさまがあたりはじめます。いつもいつも天の恵みを「ありがとう」。ときには雨が降るときもあります。大地を潤してくれて「ありがとう」。手をあわせてくださる方へ。お参りしてくださり「ありがとう」。毎日うかがえない私たちにかわって霊園をいつもきれいにしてくださる方へ、「ありがとう」。

 いつまでも「感謝」の気持ちを忘れずに、これからも「夢」を抱き続け、やわらかなピンク色のハートの如く、やさしさをもっていきていきたいと思います。(花台には私どもの大好きな旋律を音符のみデザインしてあります)


☆ ニューデザイン賞

母への感謝の想いを込めて「すべてに感謝 ありがとう」の文字入りお墓

名前:斉之平 真弓

住所:鹿児島県鹿屋市

 いつも明るく、人が大好きな母でした。糖尿病から腎臓を患い、週3回の透析生活はさぞ辛かっただろうと思いますが、体調の良い時は来客があるとお茶やコーヒーのおもてなしを忘れない母でした。本当にいろいろな方に支えられ、生き抜いてこられた73年間だったと思います。そんな感謝の想いを込めて「すべてに感謝 ありがとう」の文字を刻みました。お花立ても優しいハート型です。お参りに来てくださった方と一緒に。テーブルでお茶を楽しんでいる母の姿が目に浮ぶようです。命ある限り、感謝しながら生きていたいものですね。

☆ ニューデザイン賞

ありがとう」が好きだったお母さんに、お返しの「ありがとう」文字入りお墓

名前:緒方 高信

住所:熊本県熊本市

 「ありがとう」が好きだったお母さん「ありがとう」。母親がいつも家族に言っていた言葉。常に感謝の気持ちを大切にしていた母親。我が家でもいつも自然と「ありがとう」と言葉が飛んでいた。あのときは「ありがとう」と自然と当たり前のように言っていたが、母親が亡くなり「ありがとう」の言葉の素晴らしさが身にしみた。お母さん「ありがとう」。お母さん、常に家族の事を一番に思ってくれて「ありがとう」。暖かい愛情を「ありがとう」。

 「ありがとう」は母親が大切にしていた言葉でもあり、私たちから母親に対してのお礼の言葉。母親が亡くなってから母親に感謝の気持ちが絶えない。その時、母親は素敵な言葉を家庭に残してくれたと思った。ありがとう、お母さん。

 でも今お母さんは、風になって私たちの傍にいてくれてるよね。石材店さんには、家族の思いを伝え、何度も頭を悩ませてもらいありがとうございました。おかげですばらしいお墓ができました。


☆ ニューデザイン賞

孫も墓前の花壇で遊んだりできるガーデニング型お墓

名前:佐々木 浩司

住所:北海道滝川市

 私たちの母は、誰からも好かれる明るく優しい愛に満ち溢れていた素敵な母でした。

そんな母に私達はここまで、女手一つで一生懸命に育てていただきました。

 今度は、私たち兄妹が、いつかは恩返しをと思っていた矢先に、体調を崩し闘病生活を強いられるようになってしまいました。そして、平成17年11月14日、52歳の若さでこの世を去ってしまいました。私たち兄妹にとって、とても辛い出来事となりました。

 母は、生前、草花が好きだったので、そんな母がいつまでも大地の暖かさが感じられるように、そして緑と花で明るい雰囲気のお墓をつくってあげたい。と思い2人で話し合いながら、芝生とお花をお墓のデザインに取り入れ建立しました。今では、孫となる息子も墓前にきては、花壇で遊んだりして、おばあちゃんに会いにくるのを、楽しみにしているようです。


☆ ニューデザイン賞

花壇付き、母の笑顔のようなアーチ型お墓

名前:鈴木 理史

住所:宮城県仙台市

 「母の笑顔のお墓」。お母さんの笑顔忘れません。

 いつも、いつも楽しそうにしているお母さんでした。私達も誘われて笑顔になりました。お母さんの家族で幸せでした。「家族って楽しい」って教えてもらいました。

今もいっぱいの想い出と暮らしています。

 お母さんの笑顔は素敵でした。そんなお母さんのお墓を思い・・・。石材店の展示場に行った時、「このお墓、お母さんみたい」と皆が自然に言い出しました。ステンドグラス、花壇の花、洋風のアーチ、お母さんにふさわしい佇まいに一目惚れ。私達は、本当にお母さんから幸せをもらったんだと思いました。そして、花壇にいっぱいの花を植えました。お母さん私達は本当に幸せでした。私達の子供達もきっと明るい家庭を築くと思います。お母さんの笑顔を語り継いでいきます。いつまでもお母さんの笑顔と一緒です。


☆ ニューデザイン賞

モザイク画作家が亡父のために自作した睡蓮のモザイク画入りお墓

名前:塚原 通代

住所:千葉県習志野市

 このお墓は私の父のお墓です。お墓には私が制作したモザイクを施しました。

2001年に私がモザイクを習いにイタリアに留学を始めた頃から、父の具合はあまり良くなかったのですが、私の夢の為に留学を許してくれました。休みになると必ず日本に帰国しながら、三年間の留学生活を送っておりました。

 しかし3年生の卒業間近の5月に入ると、毎週末、母から国際電話がかかってきて、父の体調が日に日に悪くなっている事を知らされました。6月上旬には卒業して日本に帰国できるので、それまで何とかもってほしいという願いも届かず、卒業試験が始まる1週間前に父が亡くなりました。

 卒業して、日本に完全帰国してからの私の初めての作品がこのお墓となりました。お花が大好きだった父、私の留学の後押しをしてくれた父、毎月お墓参りを欠かした事がなかった父、きれい好きな父、賑やかな事が大好きな父。そんな父が眠る場所をいつも華やかに彩ってくれるモザイクでお墓を作りました。

 石材店には額縁加工でお願いして、そのまま設置していただき、その後、アトリエで制作した睡蓮のモザイク(大理石とマルトと呼ばれるイタリア製のガラスで制作)を貼り付けました。お花がなくても華やかな雰囲気をもったお墓になったと父も喜んでくれていると想います。

 お墓を制作するにあたって、様々なお墓を見させて頂きました。ここ数年の墓石がかなり個性的になってきているのを実感しました。お墓はその家族(一族)のものから個人個人を偲ぶものに変わってきているのですね。